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「ハンナ・アーレント」は先日8/5にDVDリリースされました。東京では当初は岩波ホールでのみ公開されたこの映画は、連日大行列が続き、評判を呼んで全国各地へ公開を拡大したというミニシアター作品としては異例のヒット作品ですが、自分にとってもとても良い映画で引き込まれるものがありました。絶対悪として捉えるべき「ナチス戦犯」を「考え、感じることを放棄した一人の弱い人間」として捉えたレポートを発表したことで、世論や職場の同僚だけでなく親友からも批判・非難の集中砲火を浴びてしまうハンナ・アーレント。それでも「自分の頭で考え・感じること」の大切さを死ぬまで貫く姿は、自分の上の重くのしかかる姿でもありました。

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ハンナ・アーレントのあらすじ

ユダヤ人を強制収容所に輸送する指揮的役割を果たしたナチス戦犯アドルフ・アイヒマン。戦後アルゼンチンへ逃亡し潜伏しているところをイスラエルの謀報機関によって捕えられ、イスラエルで裁判にかけられました。その時の様子を記したレポートが「ザ・ニューヨーカー誌」に掲載され、世界的な大論争を巻き起こしました。

なぜ大論争を起こしたのか・・?それはユダヤ人大虐殺に加担したアイヒマンは当時は極悪人・怪物として非難されて当然の人物であったのに、ユダヤ人である彼女が非難をせずに「彼は組織の命令に従っただけだった。悪人ではなく、考えること・善悪を感じることを放棄した小役人にすぎなかった」といった旨をレポートで論じたからです。このレポートがきっかけで「ユダヤ人大虐殺の首謀者を擁護するのか?!」と非難・批判の集中砲火が彼女に浴びせられた当時の様子が映画の中で描かれます。

もちろん彼女はアイヒマンを擁護したわけでは無かった。「思考」は善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力であり、思考することで人間は強くなることができる。アイヒマンのように思考を放棄したという意味ではユダヤ人指導者にも例外なくあてはまることで(これが最も批判の対象となった主張でした)、思考を放棄した弱い人間という意味ではアイヒマンもユダヤ人指導者も大きな違いは無く、この「無思考」状態こそが悪を引き起こした。というのがアーレントの主張でした。そして、アーレントが受け持つクラスでの最後の講義のスピーチでクライマックスを迎えます。

この映画を観て感じたのは大きく分けて二つありました。一つはアイヒマンのような犯罪的行動は組織の中では今でも結構起きているし、誰にでもいつでも起こりうることだということ。もう一つはこの映画の中に限らず「批判」の殆どは「感情」のみで、「思考」が抜けていることが多いというところ。

組織の中では誰でもアイヒマンになり得る?!

この映画で真っ先に思い出したのが「九州電力やらせメール事件※」。この事件で世間は「とんでもない!!」「大問題だ!!」と憤慨していましたが、私はちょっとした恐怖を感じていました。それは電力会社への不信からくるものではなく、自分の倫理観や思考力に対しての不安・恐怖でした。もし今の会社が同じような立場に仮になったとして、納期や不具合のプレッシャーの中で「やらせメール」を自分の部下に依頼するように上司から指示が出たら・・・果たして異を唱えることができるか?と考えた時、恐らく業務として遂行してしまうのでは・・・と感じてしまったからです。特に巨大組織の中で仕事をしていると、自分の仕事と社会とのつながりを全く考えなくなることがあります。納期やコスト、要求スペックのプレッシャーが強く、忙しい時ほどそうなる。要は自分の目の前の業務をこなすことしか目に入らなくなり、組織の中でスムーズに事を運ぶことが目的化してしまう。ハンナ・アーレントはナチスの中でもこれと同様のことが起きていたとしていました。

もちろんその行為そのものが違法か合法かで社会的な意味合いは大きく異なりますが、組織の中の役割の陰に個人的な思考が隠れてしまうという原理的な意味では同じかと感じてしまいました。

批判は思考停止の第一歩?!

先日、とある技術系メールマガジン発行者の方とお話をする機会を頂きました。この方の読者数は4万人を越え、一つの立派なメディアとなっているだけに、メルマガを発行すると批判も当然来る。そしてその批判をする人たちの主張の流れには共通したものがあるそうです。それは「まず彼らの「結論」が前提条件として先にあり、その結論に都合のいい話だけを集めて自分の結論を固めてしまう」というところ。この前提条件に合わないことは全て批判してしまい、前提条件そのものを見つめるということはしない。ハンナ・アーレントでも批判する人たちの主張も「ナチスは絶対悪であり、ユダヤ人は善良な被害者」という結論が先にあり、そこを動かそうとしなかった。アーレントがその前提条件を一度クリアして「そもそも悪とは何か?」を問うと「ナチスを擁護し、ユダヤ人を冒とくしている」と猛烈な批判が始まっていました。当たり前と言われている、正しいと思われている「前提条件」を見つめ直し「そもそも○○とは?」を自分に問うということがアーレントの言う「思考」でした。

映画を観ている間だけ楽しむのではなく、観た後も自分の生活や仕事と照らし合わせて考えることができるこういう映画は観てみるととても面白いです。 そして映画の中でも大論争と批判を巻き起こしたハンナ・アーレントのレポートは「イエルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告」という本にもなっています。読んではみましたが、難しくて途中でとん挫・・・

※「九州電力やらせメール事件」について 3.11で運転を停止していた玄海原子力発電所は運転再開に向けて、経済産業省主催のもと九州電力が佐賀県民に向けて説明会を行う予定でした。九州電力は説明会をスムーズに進行させるために事前に関連会社の社員に対して「運転再開を支持する内容のメールを投稿するように」事前に指示していたということが発覚し批判と非難が集中しました。