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映画の製作途中で自殺してしまったミュージシャンである友人を題材にした「わたしたちに許された特別な時間」の上映が8/16よりポレポレ東中野にて上映されます。

10代の頃にバンドコンテストで優勝する等若いころから音楽に精を出し、音楽で身を立てることを目指して活動をしながらも「音楽だけで生活していくことができない」現状に絶望し、2010年に27歳という若さで自殺した増田壮太さんと彼が選択した「自殺」というテーマを追ったドキュメンタリー。苦しみながらも音楽活動を続ける生前の姿を記録した映像と、死後の世界を描いたフィクション映像を織り交ぜて描きます。この映画を撮影した増田壮太さんの友人でもある太田信吾監督は

ショックで何も手がつかない日々が続いたが、思い返せば、彼は「自由に穏やかに優しく死ねたら良い」と何年も前に自作の曲の歌詞に書いていた。彼の死は、決してネガティブなものではなく、宇宙や自然と一体になるため、自由に、主体的に選んだ選択肢のひとつだったのではないかとわたしは思うようになった。不謹慎なのを承知で言えば、彼には自殺の才能があったのではないか?

撮影途中で被写体であると同時に友人でもある主人公が「自殺」というショッキングな選択をしたことで、自殺について深く考え解釈していきます。それでも劇中で生前の増田さんに向かって


「増田さんおかしいですよ?!だって一度も笑わないじゃないですか!それ、もう疲れたとかじゃないですよ。病気ですよ!」

監督が友人として彼に投げかける言葉がとても印象的です。いくら解釈しても、どんなに理屈を通しても「自殺」は本人にとっては取り返しがつかない、やり直しがきかない唯一の選択であるという誰にも動かしようがない事実だけは容赦なく横たわります。

20歳の頃、大学の「社会学」の講義で「自由にテーマを決めて論文を書く」という課題が出た時に「自殺」というテーマを選び、自殺について調べたことがあります。大学の図書館で「自殺学」という本を借りて読んだところ、印象的に残ったのは以下のような内容でした。

小学生のような子供でも自殺をすることはあるが「死の意味」を理解せずに安易に選ぶケースが殆どである。自殺する前の子供が「死んだら自分をいじめた○○君に仕返しをする」といった事を言い残すことがあり、死んでから生き返ることはできないということをまだ理解していないことを示している。
思春期になると、周囲へのアピールの手段として選択してしまうケースが多い。自分が経験した想いや自分の存在そのものを示したり、悲しんでもらうための手段として選択してしまう。そして
成人になると「逃避の自殺」に移行する。経済的な理由など「生活」そのものに関わる苦しみから逃れたいという欲求から選択する傾向が強い。

増田さんの自殺がこれのどれかに当てはまるとは思えませんでした。「映画を完成させてね。できればハッピーエンドで」という遺言に向き合った太田信吾監督の長編第1作は8/16よりポレポレ東中野で上映です。

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